【ビデオゲーム短評】『moon』‒‒夢うつつ 月のかがみ
『moon』はラブデリックが開発し、アスキーから1997年にリリースされたプレイステーション用のゲームソフト。現在はニンテンドースイッチ、PS4、PS5、PC(Steam)にてリマスター版が配信されている。
ジャンルは「リミックスRPGアドベンチャー」と名付けられており、アドベンチャーやRPGに近い手触りのゲームとなっている。一見すると、CGの背景にドット絵のキャラクター、クレイアニメで作られたモンスターという特徴的なグラフィックが目を引くタイトルだ。
夜中にテレビゲームをプレイしている主人公。かれは母親からゲームをやめて早く寝るように申し付けられ、テレビの電源を落とす。しかし突然テレビの電源がふたたび入り、主人公は画面の中に吸い込まれてしまう。その先にあったのはゲームの中の世界「ムーンワールド」。かれは先ほどまで自分が操作していた勇者が傍若無人な振る舞いをしている様を目撃する。主人公はこの世界の中で暮らすキャラクターたちと交流したり、勇者に倒されたアニマル(モンスター)たちの魂を「キャッチ」することで、この世界に散らばった「ラブ」を集めていく。
「ラブ」とはなにか。
「見えない物を見る為の力 触れられなかった物にに触れる為の秘密の鍵」と作中で言われているが、厳密にその定義がなんであるかは大事なことではない。プレイヤーからみればそれは語りえないようなちょっとしたいいこと、発見…といえるかもしれない。より直截にゲーム的な表現をするならばイベントのことであり、RPGの経験値を指している。
「ラブ」はどうやって集めるのか。
ムーンワールドには私たちの暮らす世界と同じく暦があり、繰り返す日々の中でキャラクターたちが決まった行動をとっている。彼らの日々の特定の一瞬に主人公が関わったり、目撃することで「ラブ」は集まっていく。また、道ばたには勇者に倒されてしまったアニマルのなきがらが転がっている。特定の条件で出現する彼らの魂を捕まえる(「キャッチ」する)ことでも「ラブ」は集まる。
「ラブ」を集めると何が起こるのか。
主人公には時間とともに減っていく「アクションリミット」という行動力が設定されており、これがすべてなくなるとゲームオーバーとなる。行動力はベッドで眠ることで回復させることができ、ここで「ラブ」を一定数集めていると夢の中に「月の女王」が現れ、主人公がレベルアップ、行動力が増加する。「ラブ」を集めることはムーンワールドを探索し、次なるラブをみつけるうえためのレベルアップに必要な要素だ。そしてそれは、この世界に隠された謎を解くために必要な条件でもある。
『moon』は既存のRPGのアンチテーゼ、ひとことで「アンチRPG」だとよくいわれる。
たしかに、このゲームはRPG(とりわけ『ドラゴンクエスト』や『ファイナルファンタジー』)というジャンルを前提としなければ生じえない世界や設定、ストーリーを持っている。プレイ中端々に登場し非道の限りを尽くす「勇者」は、勇者=プレイヤーではない反転した視点を見せており、コンピューターRPGを遊ぶプレイヤーへ向けたメタフィクションの要素が非常に強いゲームだ。加えて、ゲーム文化のみに留まらない風刺や毒気もゲーム内に入れ込まれている。本作のリリースされた1997年頃にこれだけヘンなことをしていれば、たしかにそうした面が語り継がれることも納得がいく。だからこのゲームの結論だけを述べろ、と言われたら「アンチRPG」と私も答える。
ただ、そんな「アンチRPG」的な面だけでいま本作を語るのはもったいない。
このゲームは「ムーンワールド」という世界をプレイヤーが体感し、生活する、ということが進行上においても楽しむうえでも重要なゲームだ。ゲーム内に生活をしている人々がいる、自分もそのひとりである––それはたしかに「アンチRPG」という結論への強力な布石になっている。だがもし、ゲームのクリアまで至らなければ、プレイヤーはこのゲームをどう受け止めたらいいのだろう。
本作をクリアするための謎解きはなかなか難しく、プレイヤーがその結論までたどり着けないということもまったくありうる。その場合、謎は謎のまま留め置かれ、本作はただ日々の営みを過ごすライフシミュレーションとなる。こうして「ムーンワールド」はクリアできなかったプレイヤーをも許容する。『moon』を攻略するのであればラブレベルを上げ、謎を解く必要があるが、日々を過ごすというプレイも許される。たとえそうしていてもクリアまでの道すじは何ら閉じていない。ゲーム内に用意されたMDを聴きながら散歩したっていい。勇者とは何かを目がけて生きるものだが、主人公は行く末を留保し生活できるのだ。
私にはあまりない感覚だが、「RPGをラスボス手前までいってクリアしない」という話を時々聞く。クリアしてゲームの世界と別れるのが名残惜しいのだという。『moon』はそうしたプレイヤーの感覚を反映している面がある。本作の最終盤にはプレイヤーの意志としてゲームの世界にとどまるかの選択をさせ、ゲームを終わらせる手立てが用意されている。そして上で述べたような生活環境としての「ムーンワールド」のあり方は、その選択の前段階ともいえる。謎を追い求めきれなかった人々や、謎に対して無関心だった人々に対してまで、この世界への扉が開かれている。
プレイしてみれば、本作がRPG嫌悪やゲームへの否定として作られたゲームでないことがよくわかる。もし単なる嫌悪や否定であるならば、プレイヤー側にフィクションを持ち帰らせるような描写を散りばめたりしないし、ゲームの締めくくりとしてそうした描写を用いることはないはずだ。本来バラバラに存在した個別の「ラブ」たちは、「アンチRPG」というテーマに担われることで、初めてひとつの世界にまとめあげられている。
『moon』はそのテーマとは裏腹に比較的オーソドックスなアドベンチャーやRPGの形式を保っていて、一部の謎解きが難しいことを除けば遊び方を理解するのは難しくない。もし結末が気になるのであれば謎解きに詰まったときに攻略情報を見るのもいいだろう。作品全体に漂う90年代日本のサブカルチャーの雰囲気やゲームの建てつけは、2024年現在プレイすると古さを感じさせる所もあり、古びないゲームだとは決して言いがたい。いまプレイするのであれば、そうした面も飲み込んだうえで「ムーンワールド」に旅立とう。『moon』は「ラブ」を探す手だてを示すが、あなたが「ラブ」を見つけられるかはあなた次第だ。
『moon』公式サイト
https://moon-rpg.com/
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